『木挽町のあだ討ち』永井紗耶子

★★★☆☆

若い武士が木挽町で起こった仇討のことを芝居小屋の関係者から聴いていく。芝居小屋の裏通りに鮮やかな振袖姿の姫様が佇んでおり、そこに博徒の作兵衛がくる。娘が振袖を脱ぎ捨てると白装束の若者菊之助。父の仇の作兵衛を討ち取り首級を掲げる。仇討の話が終わっても、若武者は語る者の来し方について話すよう促す。地の文章はなく全て関係者の語りである。まず木戸芸者の一八。一八は吉原の女郎の息子で、十二で幇間となる。単に旦那をおだてるだけではうまくいかず、旦那を気持ちよくすることが大事と知ってやっと幇間として生きていくことができる。しかし女郎を人と思わない客に我慢ができず、師匠から幇間を辞めるよう諭される。旦那に連れていかれた森田座で素質を見込まれ木戸芸人となる。二人目は立師(殺陣師)の与三郎。元は御徒士(おかち)の三男坊ゆえ家を継ぐことはできず、婿入り先も見つからない。道場の師範になり御大家の指南番の話がくるが、道場主の甥から闇討ちを受ける。簡単に退けるも、たまたま通りかかった老爺が甥に切り殺される。老爺の世話をしていた娘お三津と縁ができる。甥を庇う道場主と父親に失望した与三郎は武士を捨て、暴漢から役者を救った縁で芝居小屋で働くようになる。お三津と所帯を持ち子にも恵まれた。三人目は衣装係兼女形の芳澤ほたる。30年前、小作人の息子だった六は天明の飢饉の頃母親と江戸に来るが、母親は死に、通りかかった初代ほたるに母親を弔ってもらう。行くところのない六は隠亡(おんぼう)の米吉に養ってもらうが、米吉が死んだときにお寺に行き、10歳になると仕立屋に弟子入りする。下賤の者と蔑まれて仕立屋を出た六は初代ほたると再会する。ほたるは芝居小屋の女形で、六は衣装部屋で働くことになる。初代ほたるが死んで六は二代目ほたるを名乗る。四人目は小道具の久蔵だが語るのは内儀のお与根。木彫り職人として腕の立つ久蔵がお屋敷の仕事を引き受けてる間に一人息子の政吉が死んでしまう。悲しみを紛らすために見に行った芝居小屋で、久蔵は市川團蔵丈から仕事を頼まれる。その日から様子がおかしくなった久蔵を見かねて、理由を訊きにお与根は團蔵と会う。團蔵は、『菅原伝授手習鑑』の『寺子屋』の段の話をする。松王丸が主君の子を守るために自分の子の首を切る話だ。芝居のためにその切首を作るよう久蔵に頼んだと言う。子を亡くした久蔵に子の切首を作れという非情な注文に久蔵は苦しんでいたのだが、一月かけて彫り上げる。團蔵演じる松王丸を観た久蔵は涙を流す。五人目は筋書の篠田金治。旗本の次男野々山正二として生まれ、遊び呆けるものの、むなしさばかり感じて生きている。贔屓にしているのは吉原の花魁葛葉。油問屋のご隠居から身請けされると聞いても悲しくはない。しかし、葛葉はそうでないことを知り畏れる。ある日、吉原で並木五瓶と知り合う。許嫁の妙が幾人からも求婚されていると聞き、急に惜しくなる。居酒屋で呑んでいると妙に求婚している若武者清左衛門がくる。正二は妙と破談にしてもらい、上方に行って五瓶の弟子になる。最後は菊之助の国元で、菊之助の友人の総一郎。総一郎は芝居小屋で五人の関係者に会った若侍である。菊之助は総一郎の妹のお美千との縁組を申し出ている。仇の作兵衛が本当は善き人であることを知る総一郎とお美千が、作兵衛を討って平然としている菊之助を不審に思っているため、菊之助はことの真相を総一郎に打ち明ける。老中の不正を調べていた菊之助の父清左衛門(菊之助の父はあの清左衛門で母は妙である)は菊之助を殺そうとする芝居をし、自らは死ぬことを決意する。犯人とされた作兵衛を菊之助は殺したくない。芝居小屋の皆は真っ直ぐな菊之助に好意を持ち、作兵衛は殺さず、仇討は成就する方法を考える。血糊や切首を準備し、菊之助が作兵衛を討つ芝居をしたのだ。真実を知った総一郎が泣き笑いで菊之助を詰ると、菊之助も泣いていた。

 

久蔵のところでほとんどネタバレする。作兵衛の切首を作って仇討の芝居をするに決まっていると。それがなければ★五つでもいいのだけど、なぜ分かりやすくネタバレしたのか不思議。

『いつまでの理』斜線堂有紀

★★☆☆☆

小説新潮8月号。歩道橋から突き落とされた陽里(ひのり)がSNSにそのことを書き込むとインプレッション狙いなどと誹謗中傷を受ける。陽里以外にも似たような事件に巻き込まれた人がSNSに載せるといずれも炎上する。退院した陽里がパン工場で仕事を再開すると、またしても後ろから押されて右手の爪を剥がすなどの怪我をする。陽里の友人の片上志子(かたがみもとこ)はそのような不穏な事件は以津真天(いつまで)という妖怪が引き起こしていると言う。そしてこの現象には原因があると言い、それは誰からも被害を信じてもらえないまま死んだ人間の無念だという。志子は陽里のSNSと似た「しず」というアカウントを見つけ、ライターである自分が記事にすることで「しず」の無念を鎮め呪いを解くことができると言う。志子が「しず」を探している間にも陽里は突き飛ばされつづけ、身体はボロボロになっていく。志子は「しず」が穂刈静奈(ほかりしずな)ということを突き止め記事にする。怪我のため自分でスマホを操作できない陽里が志子に頼んで調べてもらうと、突き飛ばし事件は続いていることが分かる。「しず」の無念は晴らされても自分の無念が晴らされる番はきていないのだと陽里は知る。陽里は目に見えない何者かに突き飛ばされ続け車道に身を置き、そこに猛スピードでトラックがやってくる。

 

ホラーです。暇つぶしにはなるけれど消費したら終わりという感じがある。別に作者が真面目に創作してないとは思わないし、そもそも小説ってそういうもんだと言えなくもないんだけれど、それだけじゃないよねなんかあるよねと思わせる作品を読みたい。

『BABEL』石川優吾

★★★★★

第1巻をBOOK・OFFで立ち読みする。恥ずかしながら作品も作者もまったく知らなかったが、スゴイ作品があったものだと驚いた。ただ、まだ第1巻しか読んでないので、最後まで読んだら評価が変わる可能性はある。行きつけのBOOK・OFFには第1巻しかなかったので、どうしたものか。

子どもの頃NHKの人形劇で南総里見八犬伝をワクワクして観てたことを思い出す。

世にも奇妙な物語 '26夏の特別編

『マザーズオークション★★★☆☆

無職の男26歳は、自分や実家のこざこざしたモノをネットオークションに出品してなんとか暮らしている。真面目に働こうとしないので母親とはすぐにケンカになる。ある日、母親が1円でネットオークションに出品されていて、2円で入札すると、だんだん入札額が上がっていく。負けないように少しずつ入札額を上げていくと3万円まで上がる。友人から連絡がきて、3万円で入札している人物が会いたがっていると言う。会ってみると小学生の男の子で、男がうちの母親は3万円の価値はないと言うとじゃあ僕がもらいますと言う。男が母親のパート先のスーパーを訪れると、店長は母親の話をしてくれた。いつも息子の話ばかりしているという。入札期限の5日後まで男はバイトをしてお金を貯め、入札期限に115,246,円でなんとか落札する。男はこれを契機に真面目に就職活動に励むが、男の友人、小学生の男の子、店長、男の父親などが喫茶店に集まっている。オークションで入札していた彼らはそのためのアカウントを順番に削除して、男の母親に電話をかけると、母親はみんなに感謝し、落札額は115,246(いい子にしろ)だと笑う。

プー太郎の息子を更生させるために母親らが一計を講じたというオチは安っぽいが、母親に憎まれ口を叩いてばかりの息子が母親を他人に取られないように一生懸命な姿はグッときた。

 

『遺体は一体…』★★☆☆☆

殺人現場に桜庭刑事がくる。そこには後輩の刑事と新米刑事がいて、2階の寝室のベッドに男女の遺体がある。庭で凶器を見つけた桜庭が寝室に戻ると女の遺体がなくなっている。後輩刑事と新米刑事を問い詰めるが、二人は何のことですかと不振な顔をする。凶器を見つけた場所に戻れば凶器もなくなっていて、寝室に戻れば男の遺体もない。二人の刑事に詰め寄れば、後輩刑事が説明を始める。桜庭は自分が担当した殺人事件の捜査が進まない中で精神に異常をきたし、退職して今は施設にいると言う。なんとか納得した桜庭をタクシーに乗せた後輩刑事が部屋に戻ると遺体があった。上層部の指示で隠蔽工作をしたのだった。後輩刑事が新米刑事の口封じのため拳銃を向けたとき、桜庭が再び現れる。地下収納にあったウォーターサーバーがキッチンカウンターに置かれていたことから、二人の刑事が地下収納に遺体を隠したのに気づいたのだ。殺人事件の解決と警察の隠蔽工作のニュースが流れるテレビを施設で見ていた桜庭は、表彰くらいしてもらってもいいんじゃないかと呟くが、施設職員は桜庭がまた妄想していると呆れる。桜庭に電話がかかってくる。また厄介な事件が起こった、桜庭動けるか?と。

事件を自分が解決したと桜庭が妄想してるのか、周りはそう思っているが本当に桜庭が秘密裏に解決しているのか、どっちか分からないのが難点。

 

『実家じまい』★★☆☆☆

紗耶は仕事中母からの電話に出なかった。母はくも膜下出血で瀕死のところ団地の友人に発見されたが亡くなった。紗耶は子供の頃から母親に束縛され、高校生のときにできたボーイフレンドも母親から拒絶された。紗耶は海外留学の夢も諦めた。母が住んでいた団地の実家じまいを始めた。会社の同僚二人が手伝い、家財道具や衣料品をネットオークションに出品すると全部売れて部屋は片付いた。ところが翌日紗耶が部屋に行くと全て元どおりになっている。半狂乱になった紗耶が部屋の中をめちゃめちゃにすると、数人の老人の写真と人骨が見つかった。ネットで調べると同じ団地で孤独死した老人たちだと分かる。紗耶が団地の住人たちに(それは全て老人なのだが)尋ねて回ると、一人の老女が写真の中の一枚は自分の夫だと告げる。数年前、夫が事業が失敗して自分に暴力を振るうことを紗耶の母親に話すと、紗耶の母親は自分の部屋の鍵を渡し、いつでも逃げてきていいと諭した。そしてその老女から老女の部屋の鍵をもらった。その後、老女が自宅で暴力を振るわれているところに紗耶の母親が助けに入り、老女の夫は階段から転落死したことになった。団地で老人たちに囲まれた紗耶は老人たちがオークションに出品したバッグや衣類を身につけていることに気づく。老人たちは紗耶の母親の部屋に入り、母親の写真を拝んでいる。紗耶の母親は団地に独居する老人たちの部屋の鍵を持ち、老人たちを安楽死させていたのだ。人生の最後に安らかに「しまい」をしてくれる紗耶の母親は老人らにとって教祖であった。その教祖の部屋をしまおうとする紗耶に詰め寄る老人たちから逃れるように紗耶は押入れに入ると、老人たちは押入れを封鎖して紗耶を閉じ込める。そこに母親の声がして、紗耶を解放するよう指示すると、老人たちは部屋を出ていく。紗耶の会社で無断欠勤が一週間続く紗耶が心配されているころ、紗耶の母親の部屋の押入れには紗耶と母親が入っており、逃げ出そうとする紗耶を母親は許さなかった。

 

ホラーである。夜見たら怖かっただろうと思う(昼間に録画を見た)。

 

『おじさんになりたい』★★★☆☆

縫川家の小春ちゃんは小学二年の女の子。妹の小夏ちゃんは幼稚園生。小春ちゃんの将来の夢はおじさんになること。ゴミ捨て場で拾った「おじさん」を持っている。「おじさん」の背中のファスナーを開けて中に入るとおじさんにしか見えない。背中のファスナーはいつも小夏ちゃんに閉めてもらう。小春ちゃんのお父さんは怒りっぽくてお母さんを殴ることもある。ある夜、お母さんが書いた履歴書を見つけたお父さんは、家のことをちゃんとやれと叱りつける。もしものことがあったとき子どもたちを育てられるか不安でとお母さんが応じると、もしものことって何だと逆上して殴る。次の日、小春ちゃんは「おじさん」になり、小春ちゃんのクラスの副担と偽ってお父さんを待ち伏せする。「おじさん」がお父さんに離婚を勧めると、家庭のことを学校に告げ口したと思ったお父さんは家に帰ってお母さんを問い詰める。「おじさん」の背中のファスナーが噛んでしまったので、小春ちゃんは「おじさん」のままお父さんを突き飛ばしてお母さんを助ける。「おじさん」がお母さんを抱擁すると、お母さんは「おじさん」に怯える。お父さんは包丁を持って「おじさん」を家から追い出す。「おじさん」は公園の掃除員にファスナーを壊して開けてもらい、事情を話すと清掃員は小春ちゃんが小春ちゃんとしてきちんとお父さんに話すのがいいと言う。頷いた小春ちゃんは壊れたファスナーのフックをポケットに入れる。夜、小春ちゃんが家に帰るとお父さんとお母さんは小春ちゃんの無事を泣いて喜ぶ。小春ちゃんは久しぶりにお父さんと二人でベッドで寝る。背中を向けたお父さんに小春ちゃんが話しかける。なぜお父さんはお母さんを怒るの。お父さんは自分が仕事で家にいないからお母さんに頑張って欲しかった、でもこれからはなるべく怒らないようにすると約束する。「じゃ、やめないんだ」と呟きながら小春ちゃんはお父さんの背中にファスナーのフックを差し込む。翌朝、子ども部屋に「お父さん」がいて、小夏ちゃんに背中のファスナーを閉めるよう頼む。「お父さん」は台所に行き朝ごはんを作っているお母さんを後ろから抱きしめる。お母さんは突然のことに驚きながらも嬉しさを隠せない。小夏ちゃんがダイニングに降りてきて親子三人の朝食が穏やかに始まる。小春ちゃんがいつも座っていた場所は空いたままだ。

 

ベッドで小春ちゃんがきちんとお父さんにお話をしてお父さんが反省し優しいおとうさんになりましたメデタシメデタシかと思ったら、最後にひとひねりあってあざやか、なんだけれども、「お父さん」に入った小春ちゃんが小夏ちゃんにファスナーを閉めるよう頼むとき、ファスナーを閉めることを渋る小夏ちゃんを実際のお父さんみたいに怒って命じたのはなぜなんだろう。「お父さん」になった小春ちゃんもお父さんみたいに怒りっぽくなるかと思えばそうじゃなかった。そして、家族で和やかに朝食を摂るとき小春ちゃんが不在なのを誰も不審に思わなかったこと。小春ちゃんは「お父さん」の中にいるから自分がいないことは分かっている。小夏ちゃんは「お父さん」のファスナーを閉めたから「お父さん」の中に小春ちゃんがいることは知っている。つまり問題はお母さん。お母さんはなぜ小春ちゃんがいないのを不審に思わないのか、それが分からない。「お父さん」の中に小春ちゃんがいることを知ってるってことか。そこ以外は全体的にうまくまとまっているし、「おじさん」や「お父さん」の背中から入りこむアイデアがハマっていて楽しい。

『遥かな町へ』谷口ジロー

★★☆☆☆

中原博史は京都への出張の際、三年ぶりに実家のあった倉吉に寄る。母親の眠る墓の前で気を失い、目が覚めると昭和38年、14歳の頃に戻っていた。仕事で英語を使っていたせいで中学の英語の成績は抜群で、当時憧れていた長瀬智子から好意を寄せられ、一緒に映画に行くなど、現実の家族である妻や子らを忘れてしまいそうになる。博史は中2の夏に父親が失踪することを知っている。父親に女ができたのかと疑い跡をつけると鳥取の病院にいる大沢民子に出会う。余命が長くない民子を父はときどき見舞っていたのだ。民子は父与志雄の幼馴染みで、身寄りのない民子が寂しくて手紙を出したということだった。そして博史が長瀬と海水浴に行った日、民子は亡くなる。父親が失踪する日、博史は駅で父を待つ。今まで成り行きで生きてきた人生をやり直したいという父を、新しい14歳の人生をやり直している自覚のある博史は止めることができない。母親は父親のことを長い間がまんしてくれたと理解する。やり直しの人生は現実の人生から逸脱しないことに虚しさを覚える博史は悪友の島田の家に行くが不在で、島田の姉の店で酒を飲む。酔っ払った博史は母親の墓の前で睡魔に襲われ、目が覚めると現実世界に戻っていた。乗り継ぎの駅で肩のぶつかった老人を見れば、それは年取った自分の父親だった。夜遅く家に着いた博史を妻子が待っていた。博史に届いていた小包を開けると、直木賞候補の堀江大三郎から謹呈本『遥かな町へ』だった。堀江はあの悪友島田だった。

 

よくあるタイムスリップものではあるけれど、丁寧な絵と登場人物の心理描写で飽きさせない。人生をやり直せたらという父とそれに共感する子と母の感情がちょっと切ない。

「叫び」畠山丑雄

★★☆☆☆

37歳独身男の早野ひかるは、マッチングアプリで知り合った「みか」と結婚を前提に付き合うために茨木市に引っ越したが、高額の電気調理器を持ち逃げされだけで「みか」とは連絡が取れなくなり、毎夜のように飲んだり風俗で遊んだりしていた。金が尽きた早野が安威川沿いを歩いていると鐘の音がし、音に誘われて畑の穴に入ると、「先生」が銅鐸を鳴らしていた。早野は先生から銅鐸づくりを習うことになる。先生が言う「啓蒙」のために、早野は茨木市の公共施設「おにクル」でボランティアを始める。「先生」から教わったことを中高生に話し始める。川又幹朗という天文学が好きな青年が二反長音蔵に誘われて満州でケシ栽培の指導をした話だ。その話を興味深そうに聴く「しおりさん」と早野は付き合うようになる。しおりさんの父親はしおりさんが小学生の頃飼い犬と散歩に出たきり帰らなかったが、今でもたまに連絡がくるという。早野はしおりさんと飲んだ帰りに、銅鐸を見たいというしおりさんを家に引き入れ押し倒すが拒絶される。それでも二人は大阪万博に行く。「先生」によれば1940年にあるはずだった万博の入場券が山奥の閉じた鉱山にあるという。そこは川又青年が阿片に酩酊するための場所だった。早野はそこにあった入場券と懐刀を持ち帰る。自宅のベランダにケシを植えた早野は川又の霊(とは書いてないが)と話を交わす。万博のブラジル館の行列にいると、銅鐸の音とマイクから流れる「先生」の声が聞こえてくる。トイレに行ったしおりさんが帰ってこず、早野がフラフラと歩き回ると、川又がこちらを見ていた。川又は、天皇陛下から、よう頑張ったなと言ってもらいたいと言い、万博にきていた天皇のもとに向かう。早野は川又を追い警護の列を潜り抜けたとき地面に叩きつけられた。その人は哀れみの目でこちらを見つめていた。逮捕された早野は取り調べで言った。どうしても伝えたいことがあった、本人をここに呼んでください、と。

 

「先生」が仙人みたいな変わった人で、早野は銅鐸だけでなく思想的な部分までもあっさり感化されてしまう。ただ、読んでるこちら側としては、その思想だか思弁だか言ってることが正直よく分からない。でも早野は「先生」を尊敬し、かつ徐々に川又と一体化もしていく。そこには戦争の惨たらしさの一部が滲み出ている。戦争で狂わされた川又の怨念が早野をもまた狂わせたのかもしれない。

「奇子」手塚治虫

★★★☆☆

天外(てんげ)の家では家長作右衛門が長男市朗に屋敷田畑を相続させる約束で市朗の妻すえの体を玩んでいた。作右衛門とすえの間に生まれた奇子は作右衛門の末子として可愛がられていた。そこに作右衛門の次男仁朗が復員する。仁朗は米軍の捕虜になりスパイになっていた。米軍の上司に命令され、活動家江野を米軍に引き渡し、その後江野の死体を線路に置く。仁朗の妹の志子(なおこ)は江野の恋人だった。死体は江野本人ではなく身代わりだったが、江野も死んでいた。死体の血がついたシャツを洗うところを奇子と子守りのお涼に見られた仁朗は、二人を始末しようとする。お涼は殺されたが、奇子は天外の親族会議で死んだことにされ、土蔵の地下に閉じ込められる。仁朗は行方不明となる。奇子は仁朗の弟伺朗を好きになり、二人は肉体関係を結ぶ。作右衛門が脳卒中で倒れ、奇子が十五になった日に作右衛門の遺言書が開かれる。奇子の母であるすえ(市朗の妻)に財産の8割を相続させるとの内容だった。すえは奇子と一緒に天外の家を出る決心をするが、市朗がすえを殺して野壺に埋める。奇子に定期的に高額のお金が送ってくるようになり、作右衛門の妻が奇子のために貯金をする。送り主は祐天寺富夫という名前のヤクザだった。道路拡張のために土蔵が壊された機会に奇子は現金書留を頼りに祐天寺のところに向かう。祐天寺が実は仁朗だと疑う下田(げた)の息子波奈夫は奇子を好きになり、仁朗は二人を別荘に住まわせ、世間を知らない奇子をまともな人間にしようとする。仁朗が襲撃され重傷を負う。轢死を装った昔の事件に関わる人物が死んでいることから、米軍の関与を疑う。自分の右腕の金城(この人物も以前米軍のスパイだった)が仕組んだことが分かり、仁朗は金城を殺す。海外逃亡する前に江野の墓に行った仁朗は志子に会う。志子は仁朗を刺すが、医者の山崎を呼びに行くと、そこに市朗と伺朗がおり、仁朗のところに向かう途中に奇子と波奈夫にも会う。洞窟の中で伺朗は、お涼を殺したのが仁朗、すえを殺したのが市朗だと詰め寄る。波奈夫はみなに奇子に謝るよう迫るが、仁朗が奇子を盾にとり洞窟を出ようとしたため、伺朗はダイナマイトを爆発させ洞窟をふさぐ。二週間が過ぎた頃、偶然にも発見されるが、奇子以外はほぼ死んでいた。その後奇子は村を出ていき、消息が絶えた。

 

三十年以上も前に読んだ本を図書館で見つけたらいま読んでも面白かった。残念ながら「アドルフに告ぐ」は見つからない。

「さようなら私たち」金原ひとみ

★☆☆☆☆

群像7月号。

フリーランスのライター伊予理田正奈は地上波テレビの情報番組のMCに、週一で15万円の報酬と聞き就任を即決した。プロデューサーの赤瀬川は調子のいい男だが、エゴサだけはしないよう忠告され、伊予理田は了解する。伊予理田が男友達の沖丸スティーブと小山光希と飲んでいると、伊予理田の腕のタトゥーのせいでSNSが炎上していると教えられる。タトゥーは自分の意思で入れているわけでなく、必要な時に迎え入れるものであると主張する伊予理田は電車の中で、友だちのピアスを非難する女子高生に不満をもったり、自分を睨んだおじを睨み続けたり、タクシーの中で「独り言」を言ったりする。伊予理田はタトゥーを広げ顔にはピアスを施して満足するが、伊予理田に殺人予告が出たことにより、番組はしばらく休止することになる。伊予理田はインライ(インスタライブ)で不満をぶちまけようとするが、小山からの電話により、伊予理田を降板させるためのデモが始まると知らされる。伊予理田がタクシーでデモ隊がいるテレビ局前に駆けつけると、意識が乖離して上空に飛び、そこからの景色にデモ隊はみつからない。テレビ局に入ると赤瀬川がいて、番組を降りると伝えると励まされれ、次回の収録は伊予理田が好きな九十九里だと聞かされると元気になり、絶対にやりたいと言い出す。そせて伊予理田の意識はまた上空に飛んでいく。

出だしは面白そうな予感がしたのだけれど…。自分もタトゥーを入れている金原ひとみの自己弁護、ではないな、弁護ではない、タトゥーを入れていることを弁護する必要はない。自己正当化?これもちょっとちがうし、あるいはタトゥーを入れて何が悪い?という開き直り、もちがうか。私はタトゥーは好きではない。イキがってるように見える、「粋がってる」ならまだしも、自分を強く見せたがってるように思えるから。中にはリストカットと同じで自分を傷つけずにはいられない人もいるかもしれないが、どっちにしたって目に入れて気持ちのいいものじゃない。

「イキルキス」舞城王太郎

『イキルキス』

★★★☆☆

2年A組の女の子が連続して6人死んだ。2人目、3人目と続いたとき、何が原因か徹底的に調べられたが分からなかった。4人目、5人目と続いたときには、2年A組の女子はみんな死んでしまうんだろうと思われた。そんな状況の中、主人公福島のところに同じA組の八木智佳子がやってくる。菱川京子が福島に告りにくる、断られたら福島を刺して自分も死ぬと言ってると告げる。二人でいるところを菱川に見られたらマズいので、二人は福島の家の倉に隠れる。お互いに相手の気持ちを探るうち、両想いらしいことが分かり、二人はキスをする。福島は八木のシャツに手を突っ込み、ブラジャーの上からオッパイを揉む。福島はセックスもしたいが、それは自分とのセックスが八木を死から救うだろうという気もしているからだった。

オッパイを揉んでいるとき、ぬごおおおおんんん、と鐘の音がした。しかもその音は村の上空を移動している。福島が倉の戸を開けると、そこに菱川が立っていた。福島と菱川が言い合いになり、八木との仲を疑った菱川はナイフで八木を刺す。A組の女子は死を恐れているのではない。死ぬのが嫌なのは嫌だが、痛みも苦しみもない突然死は死の恐怖を和らげてもいたのだ。だから、なんでもやれるのだ。救急車がきて八木と福島は病院に行く。そこにB組担任の石原先生がいた。リストカットした腕の治療にきていたようだ。家に帰る石原先生についていった福島は、八木と最後までできなかったことを石原先生で晴らそうとする。フェラチオをしてもらう直前、福島は、もうちょっと童貞でいたいので止めることにするが、それまで嫌がってたはずの石原先生は止めることに不満を訴える。石原先生の車で家まで送ってもらう途中、川の中から死んだはずの女の子たちが見つかり騒動になっている。4人は生きており、1人は亡くなり、1人は行方不明だ。現場にいたおっさんによると、裏山に捜索に行ったら一筋の光を見、光の中に浮かんでいた女の子を引っ張り出したとのことだった。それ以降突然死する女の子は出ていない。

なぜA組の女子が6人死んだのか、謎の鐘の音は何だったのか、なぜ4人は生き返ったのか、そもそもそれは生き返りなのか、等々わからないことが分からないまま小説は終わるが、舞城王太郎の語りのうまさは本作でも発揮されていて、分からないことはとりあえず置いといても面白いからいいやとなってしまう。

 

『鼻クソご飯』

★★☆☆☆

9歳の弟が塩田克雄という男にれいぷされ殺された高橋は、ホモやロリコンを許せない。性欲も精液も許せず、付き合っていたサクラとのセックスは精液が見えないよう口の中に放出する。それでやっとサクラを殴り蹴ることから逃れた。でも、高校の同級生のホモの噂のある北野を殴り倒し睾丸を潰す。さらに、ホモの集まるクラブに放火して、高橋は刑務所に入る。サクラから手紙がくる。実家の園芸農業を継いで菊を作り大臣表彰も受けたとのこと。菊の写真を刑務所の壁に貼り、高橋は菊の絵を描く。絵画展で入賞する。刑務所のトイレでマスターベーションをし精液を見た高橋は自分の睾丸を一つ握り潰す。刑務所に西川濠が収監される。西川は十ヶ月の女の子をれいぷして殺害した若い男だ。囚人らに暴力を受けるが、高橋が庇う。高橋は西川の佇まいに魅かれ、西川の絵を描きたかった。高橋が鬱病で自殺未遂を起こし入院しているところに、西川も運び込まれる。肛門にスプーンを7本突っ込まれ、肛門と腸がズタズタになったからだ。高橋は西川の絵を23枚描くが納得のいく絵は掛けない。高橋は思う。サクラを犯す自分は塩田や西川と同じではないのかと。「チンポからくる性欲と胸のうちからくる思いとどこか知らない場所からくる止むに止まれぬ衝動と、同じ物だったのではないだろうか?」と。高橋は西川に折りたたみ椅子を振り下ろし西川の頭を割る。睾丸を踏み潰そうとしたが職員に取り押さえられて叶わない。高橋はサクラに手紙を出し、2年後に返事がくる。子どもができたので結婚する、名前は高橋雅仁から1字とって清仁にすると書いてあった。高橋は夢を見る。清仁君を犯している夢だ。高橋は死ななければならないと思うが死なない。高橋はサクラの作った菊の写真を見て絵を描く。

暴力と性は小説の(というか創作の)大きなテーマではあるのだが、人間は暴力や性に亢奮する性質があるのだから、それを創作に取り込むのは反則のような気もする。ただ亢奮してるだけなのかゲージュツ的な趣向に酔っているのかすぐには分からないから。エログロを書いたあとにそれらしいリクツを続けたらゲージュツになってしまう。

 

『パッキャラ魔道』

★★★☆☆

17年前の井上家は夫婦と中一の直規と小5の僕慎吾の4人家族で、高速道路で事故に遭い、お父さんは沈着冷静かつ的確な救助活動で何人もの命を救う。お父さんって何者?と驚かせるほどの大活躍なのだが、お母さん奈緒子はこの後自分たち家族が放っておかれた不満をお父さん紀之にぶつけ続けることになる。自己中心的で理不尽な母親を兄弟はウザイと感じている。ある日母親は正面からすれ違う乗用車に驚き街中で失禁したので、直規の塾の迎えに行けなかった。母親がそうだからというわけでもないが、直規は塾で二千円を盗み、見つかっても居直るような不良に育っていく。母親は世の中が怖いと言って、妊娠中の子を産むのを止めるという。兄弟と父親が宥めるが母親はきかず一人暮らしを始める。兄弟も秘密の場所を作るために家から離れた場所にある小屋に勝手に入り込むが、そこは中嶋拓郎君の家のもので、兄弟は中嶋家にいくようになる。拓郎君には血のつながっていない妹江波戸柊(高二)がいる。直規の誕生日に母奈緒子が一時的に帰ってくると父紀之が話すが、父親とも気持ちがすれ違ってきた慎吾は家を出て直規を探す。直規はカラオケ屋で合コンをしており、そこに柊もいて家に泊めてくれるよう慎吾が頼むが、あっさり断られる。母親の住所を慎吾が訊くと、直規は、お母さんは父親とは別の男と暮らしていて、あまつさえ父親とは離婚してることを慎吾に教える。直規の誕生日には母奈緒子の彼氏内田雄太も参加し、父紀之の彼女も呼ぶことになる。彼女の名前は岸田有華で、紀之は彼女の姉岸田未来を高速道路の事故で救っている。ばかばかしくなった直規は柊の友だちのカオリちゃんのところへ行ってしまう。慎吾は母親と内田と暮らし始める。この世の全員を殺すことを想像する慎吾が準備していたナイフやら金槌やらが見つかり、内田は自分の手のひらをカッターナイフで切って痛みを教え、慎吾も自分の手を切る。慎吾は母親の家を出ることになり、岸田未来と暮らすことになる。岸田の家に行く前に柊に会った慎吾は、兄直規がカオリちゃんと杉本亜佐美からお金を借りて逃げたことを聞く。小学校の帰りに慎吾は東京殺戮マネージャーのデブと丸坊主らから兄直規の居どころを訊かれる。借りた三十万を中高生相手に高利貸しをやって五十万にした直規はカオリちゃんの今彼グループにその五十万を渡すが、カオリちゃんとこっそり会ってエッチビデオを作って今彼を脅して百万円奪うついでに今彼をボコボコにする。警察に捕まった直規は保護監察処分を受けて父紀之に引き取られる。直規は東京殺戮マネージャー改めPIUのヴォーカルとしてインディーズ界で有名になる。慎吾から見たら、直規の歌は日和っているが、直規はクソの歌だと自虐的に笑い全く気にしない。慎吾はPIUのライブ会場の階段に放火する。母奈緒子と内田の結婚式に直規と慎吾が出席する。父紀之も出席し、奈緒子をエスコートし、パーティではスピーチもする。人生は悪いことが続くが終わりはあるという話を直規が引き取って、「クラリネットをこわしちゃった」を歌い始めるが、「パッキャマラード」を「パッキャラマード」と間違える。参列したみんなが立ち上がって一緒に歌い大拍手で終わる。2年後に奈緒子と内田は離婚し、直規は内田を殴って有罪判決を受けPIUは解散、紀之は岸田姉妹と花屋を起こすがアル中となり有華が逃げる。慎吾は高校を中退しフリーターとなり小説家を目指す。

 

ストーリーは置いとくとして、本作の魅力は文体である。一つひとつの文章が長いのだが、簡明で分かりやすく、けど中身がないわけではなく、語り自体がオイシイ。なお、「パッキャラマ魔道」は言うまでもなく「バッキャマラード」の言い間違いの「パッキャラマード」からきている。

「あおぞら」柚木麻子

★☆☆☆☆

先日、朝日新聞の連載が終わった。

男に騙され子をなした村瀬立子が魚屋の夫婦に助けられる。立子は縫製工場で働き続けるために保育園を作ることに関わっていく。理論と理想ばかり唱える延長の秀子とガサツな大女である保育士のサワ。しかし、彼女らは成長し、野天から始まった保育園はお寺の本道を借りて発展していく。そして、女性が虐げられている社会への反発として勉強会やデモに参加するようになる。立子を捨てた男の家族すら保育園のために新しい園舎を建てる。男の妻だった裕子は、医師になることを諦め男の家に入るが、離婚したあと保育園の栄養士という生き甲斐を得る。お寺の僧侶である蓮華はトランスジェンダーで、女性の体をもつが故に正式に寺の代表者になれない境遇を打開しようと本山に乗り込むまでになる。立子を助けてきた魚屋の夫婦は、一人息子を戦争で亡くしたあと失意の中で暮らしてきたが、立子らと関わりをもつうちに反戦反核などの社会活動にに携わっていく。ほかにも、堕胎が犯罪だった頃に助産婦だった女性や大工をしながら保育士になる男性やらが登場する。

登場人物みんなが人権や社会正義に目覚めたり偏見と闘ったりいい人になったり、立派すぎる物語でした。